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10代ではないのだけれど・・・っていうか10代の母なのだけれど!w [日常]

毎日読ませて頂いているブロガーさんのところで、
こんな企画の存在を知りました。

マンガ支援プロジェクト

TOKYO-FMの、SCHOOL OF LOCKという番組の企画です。
(TOKYO-FMサイトで確認済み、送付先郵便番号もTOKYO-FMのもの確認済み)

大震災被災地に、何かしたいけれど、普通の募金しかできなくて・・・
そんな自分にも、自分ならではの「できること」があるかもしれない!
膨大に買い込んで捨てられないマンガが、役に立つときがきた!!!


ちっぽけなブログなので、どなたの御目に触れるものかわかりませんが、
以前マンガのことをちょっと書いたときに、意外な反応をいただけたので!
書いておきますね^^









駄菓子菓子!
我が家の漫画は超古い作品が多いのダガ・・・
受け取っていただけるのだろうか一抹の不安(^^;www


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鹿児島でのことなど [鹿児島からの風]

3/14日から4/3まで、鹿児島にいました。
その間、ゆう君の社会科見学のつもりで、ちょこちょこと出かけたときの写真を^^


バスで20分くらいのJR最寄駅、

鹿児島中央駅

110325kago07.jpg

九州新幹線の終着駅です。
お洒落ですがこじんまりした駅ビルに、
何故か観覧車がくっついています。
最高地点90メートルだそうですが、
桜島から霧島、開聞岳、種屋久まで、
九州南端の地形が壮大に見えるそう。

普段、観覧車になど興味を示さないゆう君ですが、
よほど退屈していたのか、是非乗ってみたいと言います。
その日は晴れていましたが風の猛烈な日で、
ビビリーな私はちょっと避けたかったのですが、
見ているとカップルや親子連れがぽつぽつと乗っています。
それで、まあ、強風で本当にヤバい時は運行しないだろうしーと、
乗ってみることに。

駄菓子菓子!
予想通りというか、予想以上に、テッペンに近づくに連れて揺れる揺れる(^^;
なんか、回転止まってるようにも感じられ・・・
震災被災地の皆様が苦しんでいる時に観覧車に乗るだけでも心苦しいのに、
緊急停止でレスキュー隊のお世話になっちゃったりしたら、
申し訳なさで死にそうです;;家族知人にあわせる顔もない!
・・・という様なことを、乗ってる間中うじうじ考えていた私ですm(_ _)m


3/27
熊本へ。
震災の翌日が九州新幹線全線開通の日だったので、
全駅ですべての開通祝賀イベントがキャンセルになったそうです。
ゆう君に九州新幹線を体験させてやりたかったのが勿論一番ですが、
いろんな意味で、新幹線に乗ることも、凹む日本へのわずかな元気になる、
かな?と、お財布と相談して熊本まで乗ってみました。

110327kago011.jpg


自由席は2-3列で東海道新幹線などと同じみたいですが、
指定席は2-2でとってもゆったりしていました。
・・・まだ発車前ですがすっかり飽きてるゆう君www

110327kago012.jpg


熊本城は、40年前子供の頃家族旅行で近くを通ったのですが、
両親の「子供に見せても覚えてないだろうから」という無情な発言とともに、
素通りした苦い記憶の場所ですw
その頃から歴史に興味があったので、お城に寄れなかったことがずっと残念でした。
40年ぶりに積年の恨みを晴らせましたwww

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この天守閣は昭和の再建で、てっぺんまで登ると景色も素晴らしいです。
でも、宇土櫓という、400年前の築城当時の小さな建物が唯一現存していて、
ここの中を登ると、規模は天守閣の比ではないにも関わらず、
迫ってくるなにものかを身にひしひしと感じます。
何だろう・・・国を守り、殿を守る、本気の気迫みたいなものが、
建物に染み付いて残っているのでしょうか。


城下に3月に「桜の馬場 城彩苑」という、飲食・土産・文化展示スペースが開業しました。
そこの文化体験施設「湧々座(わくわくざ)」で、騎馬に挑戦するゆう君!

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勿論作り物の馬ですがw ちょっと雰囲気出てるので嬉しい^^


さて、鹿児島に戻って、鶴丸城。
熊本城があれだけお城として観光拠点となり、
おそらく住んでいる方の誇りにもなっているだろうと思われるのに対して、
明治維新を主導するきっかけともなった島津家の拠点である鶴丸城はというと、
去年パパの単身赴任にともなって買ったガイドブック類には、
「どこが鶴丸城であったか」すら、まるで見当たらない本がほとんどという、
扱いの差に驚愕していました。
もともと「人をもって城となす」という精神で、天守閣のない質素な屋形だったそうなので、
人々は城そのものでなく、人に誇りを持っていたのでしょうか。

その鶴丸城の跡地には、黎明館という県の歴史資料センターが建っています。
相当いやがったゆう君を連れてw、ざっと見学。
(そこで私にとって超貴重な、飛鳥時代の小金銅仏と出会えました!)
最後に体験コーナーで甲冑を着せてもらいました^^
島津忠久公着用、鎌倉時代の赤糸威大礼大鎧、というもののレプリカです。

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最後になりましたが、鹿児島といえば、桜島。
咲き始めの桜の向こうに、いつもどっかり見える桜島は、
パパが第三の故郷と呼ぶのが良くわかる、懐かしく心強い風景です。

110331kago06.jpg


って、この写真の時は噴煙上がっていませんでしたが、
毎日もくもくもくもくもくもくもくもく、本当に良く噴いてました(^^;
季節的に風が大隈半島の方へ吹いているので、滞在中はそんなに苦労しませんでしたが、
市内の方へ吹くと、ちょっと大変ですヽ(´・`)ノ

震災直後 [日常]

しばらくブログを書く元気もわきませんでした。
レスに書いたように、直後はパパの単身赴任地鹿児島に行っていました。
しばらくぶりで、その当時の様子を・・・。

震災当日(金曜深夜)、足を血豆にして帰宅したパパですが、
13日の日曜日には仕事があるからと、とっとと鹿児島へ飛んでしまいました。
いてくれるだけで安心だったパパがいなくなると、
俄然いろんな不安がもこもこもこ。


さて、私には早くに所帯をもった弟がひとりいます。
弟の家は、うちと実家の中間くらいで、チャリンコで10分かかりません。
この弟の息子が、2007年に11歳で不慮の事故死をしました。
このこと、書きたいと思いながら、どうしても、書けないままでいます。
この子のお姉ちゃんが、今年21になりました。
小さい頃、テレビに出たりしていて、かなりの美人に育っています^^
あーちゃん、と呼んでいますが、このあーちゃんが、
甲状腺の手術をして1週間後に、大震災が起きました。
手術の前後に自分でも調べたのでしょうね、
原発事故による放射性ヨウ素の汚染を非常に気にして、
精神的に不安定になりました。

それで、弟は、地震の直後から、家族を連れて信州の親戚の家に身を寄せることを考えました。
距離的にはうちと比べて充分離れているわけではないのですが、
万一の場合、首都圏脱出を経ずに直接遠距離に出られる、という心積もりだったようです。
弟夫婦とあーちゃん、高齢の嫁さんのお母さん、うちの実家の両親、
そして私とゆう君の8人、場合によっては近くに住んでいる従兄弟の子供たちも。
車は二台ありますが、飼い犬も連れて8人以上での移動は、
弟にもちょっと荷が重いので、私とゆう君には、できれば鹿児島に行ってほしい、
と言われました。

その時は、エーーーー?何非現実的なこと言ってんの!?と呆れたものですが、
最初の原子炉建屋の水素爆発を見て、あながち非現実でもないかも?と、
不安が頭をもたげました。


駄菓子菓子。
アナログ人間の私、鹿児島に行くと言っても、飛行機の手配はどこか旅行代理店に行って、
そこでお願いして何日も先の分をとってもらうしか方法を知りません。
うーん・・・メンドクセーwww
でも、とりあえず空席があるかどうかくらいなら、ネットで調べらるかな?と、
ANAのサイトを覗いてみたら、あら?あらあらあら?
空席チェック→速攻予約→座席指定まで、
ナニー?ネットで超簡単にデキチャッタヽ(´・`)ノwww
とりあえず予約したのが13日の深夜。
まあ、その晩安心して寝るための手段にして、翌朝キャンセルすればいいや、くらいのつもりでした。

が、14日早朝4時、起きてすぐ情報チェックしたら、原発の様子は悪化の一途。
おまけにM7級の余震の確率が1週間以内に80パーセントとな!
うーん・・・。
余震で羽田が使えなくなったりする前に、パパのところに行ったほうがいいかな?
それに14日から始まる計画停電とやらの影響も心配です。

とりあえず1週間か10日もすれば、
原発問題は急激に悪化か緩やかに収束かの判断はつくだろう、
計画停電も、日本人ですから、1週間もすれば整然と行われるようになるだろう、
とすれば、1週間くらい鹿児島に行ってるのも、あり?


そう思ったら一気に鹿児島行きに向けて、ガーーーーw
荷物を詰めて、ゆう君を叩き起こし、朝ごはんを食べさせて片付けて、
玄関を出たのは朝の5時半でした。

計画停電がうちのあたりは昼前からだったので、
始発に乗れば羽田までなんとか辿りつくだろうと目論み、タクシーを呼ぼうとしたら、
迎車は6時から、とな。
仕方なく始発のバスで駅まで行くと、車内で既に、計画停電のためJRは始発から全線運休、と放送が。
あちゃ。
駅についてタクシー乗り場に並ぶものの、タクシー1台もいないのに長蛇の列。
うーん・・・ふと思いついて携帯でサーチすると、羽田までのリムジンバスが@15分で出発です。
よし!と乗り場に走るとこちらも長蛇の列。
係の人が人数数えて、私たちの3組前で、ここまでしか乗れません、と言ってます!!!
タクシーの列に戻るか、子連れを盾に泣きついて乗せてもらうか悩みつつ並んでいると、
なんのことはない、普通に乗れました、ほっw

首都高大混雑するも、なんとか羽田に到着。
車酔いするゆう君、車内で気持ち悪いと言い出し、
離れた場所に座っていたので、補助席の年配の女性に席の交換をお願いしてゆう君の横をキープ、
励ましていたというのに、羽田に着いたとたんに「腹へったー」・・・オーイ(^^;w
大好きなお店でカレーを食べて、9時40分の飛行機に無事乗れました。
機内のニュースで2度めの建屋爆発を知り、胸がつぶれました。


そんな、超綱渡りの14日だったわけですが、
無事鹿児島に着いてからは・・・車がないとどうにも動けない場所なので、
終日テレビの報道を見て鬱々と過ごしていた、という感じです。
1週間で帰るつもりが、原発の様子がはっきりせず帰るに帰れず・・・
どうせ春休みには鹿児島に来る予定だったので、一旦帰ってまた来るのでは飛行機代もアワワなので、
もういっそ、そのままいるか!
・・・
そんなわけで気づけば20日も鹿児島にいました(^^;
パパは年度末で忙しく、帰宅は遅いし休出もしていたので、
本当に基本的にはただ、マンションにいただけですが、市内の博物館や水族館、
そして1日だけ、ゆう君の社会科見学のつもりで熊本まで行ってみました。


いろいろ怖くてすたこら鹿児島に逃れていたことが、
この先、笑い話になってくれればいいなと思います。
後々、あの時あのまま鹿児島にいればよかったのに、などと、
思うようなことには、ならないで欲しいと思います。



ちなみに、全国ニュースではまったく見かけなくなってしまいましたが、
霧島の新燃岳の噴火!
続いているんですよ(^^;
鹿児島に飛んだ前日の3/13と、こっちに帰ってくる4/3に大噴火w
鹿児島空港から霧島連山はとっても良く見えるのですが、
4/3など、本当に山の高さの5倍くらいの噴煙が高々と上がっていましたΣ ('◇'ノ)ノ

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